四肢筋肉・関節痛の漢方治療
一、概説
四肢の関節痛は慢性関節リウマチ、変形性膝関節症、若年性関節リウマチ、混合性結合織病、慢性関節炎、痛風などの関節痛を概括している。
中医学では慢性関節痛、慢性関節リウマチなどの関節痛は“痺証”、“頑痺”などの範疇に属する。その病因については風、寒、湿、熱邪の侵入(外因)および身体の正気虚弱(内因)に関わっていると考えられる。気候の変化、生活環境、疲労、飲食などは発症の誘因となりうる。例えば、気候がかわるときや梅雨の季節に関節痛の症状は増悪することが多い。外因のなかでは寒湿がもっとも見られる関節痛の増悪の原因ともいえる。風、寒、湿、熱邪などは体に侵入して、経絡の気血運行を阻害し、関節の疼痛や腫脹を引き起こす。経過が長くなると臓腑の気血・陰陽のバランスが崩れ、関節の変形、腫脹、疼痛、運動障害、筋萎縮のみならず、体や臓器の虚弱症状があらわれる。
治療は、扶正(正気の高め、すなわち体の抵抗力の増強、免疫能の調整など)と去邪(邪気の除去、すなわち病因の治療や疼痛の解消など)の方法でおこなわれ、鎮痛の効果を得るだけではなく、抵抗力の増強、免疫能の調整、関節運動機能の改善などの効果も見られる。漢方薬は、体の証候(身体状態と臨床症状)に当たれば、患者の関節の痛みや体質改善のみならず、鎮痛剤やステロイド剤の減量あるいは中止、その副作用の軽減などの効果も期待できる。
二、漢方エキス剤
(一)越婢加朮湯(えっぴかじゅつとう)
【処方構成】石膏、麻黄、蒼朮、大棗、甘草、生姜。
【適応証候】関節の炎症が増悪または活動し、関節の発赤・腫脹・疼痛・熱感があり、その痛みは患部を冷やすと軽快する。あるいは発熱、発汗、口渇などの症候をともなう。舌質は紅、舌苔は黄、脈は数。
【応用指針】本方は清熱・利水・散風の作用があり、関節の炎症性の症状を伴う場合に用いる。例えば、かぜを引いてから手足の小さい関節あるいは四肢の関節が痛く赤く腫れ、発熱などを伴う場合には、あるいは関節の慢性炎症が増悪する場合には越婢加朮湯を投与すると炎症を抑えることができるし、痛みも楽になる。急性関節リウマチの場合に、あるいは慢性関節リウマチの増悪される場合には疼痛、腫脹、発赤、熱感など症状が見られたら、本方を投与するべきである。ただし、四肢や関節の冷え、関節を触ると冷たいタイプに適応しない。関節の疼痛、腫脹、発赤、熱感もあり、体あるいは手足の冷えもあり、いわゆる寒熱挾雑のタイプには越婢加朮湯合防已黄耆湯を用いる。
【ポイント】関節の発赤・熱感・疼痛・腫脹を訴える場合に用いる。
(二)越婢加朮湯(えっぴかじゅつとう)合防已黄耆湯(ぼういおうぎとう)
【処方構成】石膏、麻黄、蒼朮、黄耆、防已、大棗、甘草、生姜。
【適応証候】関節の発赤・腫脹・疼痛・熱感があり、体がだるく重く疲れやすい。膝関節の熱感があるが、手足が冷え、こわばる。小便不利。舌質は淡紅、舌苔は薄白あるいは薄黄、脈は弦あるいは緩。
【応用指針】この合方は益気・利水・清熱・散風の作用があり、いわゆる寒熱挾雑の虚証タイプに用いる。関節に痛み・腫れ・熱感があるが、体あるいは手足の冷え、体が重い、倦怠感を伴う場合には適応する。その場合には越婢加朮湯だけを投与すると体や手足がますます冷えて冷たくなる。防已黄耆湯は益気・利水の作用があり、関節の症状を抑えながら、体の倦怠感やカゼを引きやすいなどの症状を改善することもできる。
【ポイント】関節の発赤・腫脹・疼痛・熱感と共に、体が重い、倦怠感、手足の冷えを伴うタイプに用いる。
(三)防已黄耆湯(ぼういおうぎとう)合五苓散(ごれいさん)
【処方構成】黄耆、防已、蒼朮、沢瀉、猪苓、茯苓、桂皮、大棗、甘草、生姜。
【適応証候】関節(特に膝関節などの大関節)の疼痛・腫脹、滲出液が溜まる。歩くと膝関節の痛みがひどく、関節の不安定を感じる。四肢の浮腫あるいは体が重く疲れやすい、尿量減少、全身倦怠感。舌質は淡、やや紫色、舌苔は薄白、脈は濡。
【応用指針】防已黄耆湯合五苓散は膝関節などの大関節に滲出液が溜まる場合にとても効果が大きい。滲出液がすくない時に防已黄耆湯あるいは五苓散だけを投与しても効果があるが、滲出液が多い時に防已黄耆湯合五苓散のほうが利水の力が強く、効果も早く見られる。関節内の滲出液がなくなったら、この合方を中止し、体の証候によりほかの処方へ変更するべきであり、続けて治療しなければならない。
【ポイント】膝関節などの大関節に滲出液の貯留・疼痛・腫脹などの症候を認める場合に用いる。
(四)大防風湯(だいぼうふうとう)
【処方構成】黄耆、地黄、芍薬、蒼朮、当帰、防風、川芎、牛膝、人参、羌活、杜仲、乾姜、附子、大棗、甘草。
【適応証候】腰や下肢関節の疼痛・腫脹・冷え、関節を触ると冷たい。痛みは寒くなると増悪する、暖めるとやわらかくなる。顔色が悪く、体の倦怠感、疲れやすい、体の痩せ・歩行困難、舌質は淡暗、舌苔は白、脈は沈細弦。
【応用指針】本方は補益剤が去邪剤より多く配合され、体質の虚弱を改善しながら、関節の痛みなどの症状を除去する処方である。臨床では腰や下肢関節の冷え・腫脹・疼痛・こわばり、運動機能障害などに対して、効果が期待できるが、上肢関節の痛みに対して効果が薄い。
【ポイント】体質が比較的に虚弱で顔色が悪く、関節の疼痛・腫脹・冷え・運動機能障害がある場合に用いる。
(五)桂枝加朮附湯(けいしかじゅつぶとう)
【処方構成】桂枝、芍薬、蒼朮、大棗、甘草、生姜、附子。
【適応証候】上肢関節の疼痛・腫脹・冷え・運動機能障害。関節痛・筋肉痛は寒冷により増悪する、暖めるとやわらかくなる。朝の手のこわばり。汗をかき、かぜをひきやすい。舌質は淡、舌苔は白、脈は緊。
【応用指針】本方は温経・散寒・止痛の生薬が配合され、関節・筋肉を暖め、痛みを止める処方であるので、寒湿によって生じる上肢関節の疼痛・腫脹・冷え・運動機能障害、および筋肉痛などの症状が見られる場合に適用する。下肢関節の痛みや筋肉痛に対して効果が薄い。発熱、関節の腫脹、発赤、熱感芽有る場合には投与しない。
【ポイント】体質が比較的に低下した人に上肢関節の疼痛・冷え・腫脹・運動機能障害を伴う場合に用いる。
(六)疎経活血湯(そけいかっけつとう)
【処方構成】芍薬、地黄、川芎、蒼朮、当帰、桃仁、茯苓、牛膝、陳皮、防已、防風、竜胆草、甘草、白芷、生姜、威霊仙、羌活。
【適応証候】関節・筋肉の疼痛、関節の変形、活動の不自由、時に関節の皮膚の瘀斑。舌質は紫暗、舌苔は薄白、脈は弦あるいは沈渋。
【応用指針】本方は養血・活血化瘀・去風湿・止痛の生薬が配合される処方であるので、病状の経過が長期化し、四肢の関節痛、関節の変形、活動の不自由、および筋肉痛などの症状に効果が期待できる。関節が腫れて重い場合には薏苡仁湯(よくいにんとう)を合方する。疲労感や倦怠感を伴う場合には防已黄耆湯(ぼういおうぎとう)を合方する。本方は胃腸を傷つけるおそれがあるため、胃腸虚弱の患者に慎重に投与する。
【ポイント】関節や筋肉の疼痛、腫脹、関節の変形、活動の不自由などの症状がある場合に用いる。
(七)桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)合防已黄耆湯(ぼういおうぎとう)。
【処方構成】桂枝、芍薬、桃仁、茯苓、牡丹皮、黄耆、防已、蒼朮、大棗、甘草、生姜。
【適応証候】関節・筋肉の疼痛部位が固定、痛みが激しい、関節の腫脹、変形、冷え、活動制限、時に関節の皮膚の瘀斑、体のだるく疲れやすい。舌質は紫暗、舌苔は薄白、脈は弦あるいは沈渋。
【応用指針】本方は活血化瘀・益気利水の生薬が配合される合方であるので、気虚血瘀の原因によって生じる関節の激しい痛み、腫脹、冷え、関節の変形、活動制限などの症状に効果が期待できる。本方の投与により痛みの解消のみならず、関節の運動機能障害の改善も期待できる。滲出液がある場合には防已黄耆湯合五苓散を先に投与し、関節内の滲出液がなくなったら、防已黄耆湯合五苓散を中止して、桂枝茯苓丸合防已黄耆湯を投与し続けると、良い効果が期待できる。関節の発赤、腫脹、熱感を伴う場合には投与しない。
【ポイント】関節・筋肉の疼痛部位が固定、痛みが激しい、関節の腫脹・変形、冷え、活動制限などの症状がある場合に用いる。
(八)薏苡仁湯(よくいにんとう)
【処方構成】薏苡仁、蒼朮、当帰、麻黄、桂枝、芍薬、甘草。
【適応証候】四肢の関節や筋肉の痛み、重だるい、運動機能障害、軽度の浮腫、四肢の冷え。舌質は暗、舌苔は白あるいは白膩、脈は滑あるいは渋。
【応用指針】本方は利水・去湿・活血・通脈の作用がある生薬によって構成される処方であり、浮腫消退・利尿・発汗・血行促進・鎮痛とともに滋養強壮・消化吸収促進などの効果が得られる。本方は湿邪の侵入による関節の腫脹、疼痛、冷え、運動機能障害などの症状が見られる場合には用いる。瘀血の症状を伴う場合には桂枝茯苓丸を合方して用いる。関節は水が溜まる場合には五苓散を合方して利水作用が強くなる。
【ポイント】湿邪の侵入による関節の腫脹、疼痛、冷え、運動機能障害などの症状がある場合に用いる。
(九)八味地黄丸(はちみじおうがん)
【処方構成】地黄、山茱萸、山薬、沢瀉、茯苓、牡丹皮、桂皮、附子。
【適応証候】腰膝冷痛、四肢の冷え、浮腫、小便不利(多尿、頻尿、乏尿、排尿痛)、下半身の脱力感、疲労倦怠感、舌質は淡、舌苔は薄白、脈は遅沈細無力あるいは沈微。
【応用指針】本方は腎陰を滋養する六味地黄丸に、腎陽を温補する桂皮と附子を加えた処方であり、腎陽虚によって生じる腰痛、四肢の冷え、下半身の脱力感・しびれ・疼痛、排尿異常、多尿、頻尿、乏尿、浮腫、膝関節の疼痛などを治療する。膝関節が痛く、歩くときに関節不安定の場合には防已黄耆湯を合方して用いたほうがよい。食欲不振や胃のもたれる症状がある場合には六君子湯を合方する。骨粗鬆症による腰痛や膝関節痛が見られる場合には補中益気湯を合方する。
【ポイント】腰痛、膝関節痛、下肢の脱力感、四肢の冷え、浮腫、小便不利などを伴う場合に用いる
(十)十全大補湯(じゅうぜんたいほとう)
【処方構成】黄耆、桂皮、地黄、芍薬、川芎、当帰、人参、白朮、茯苓、甘草。
【適応証候】関節の痛み、変形、筋肉萎縮、活動の不自由、顔色が悪い、疲労倦怠感、動悸、息切れ、食欲不振。舌質は淡、舌苔は薄白、脈は沈細無力。
【応用指針】本方は益気健脾・滋陰養血の生薬が配合される処方であるので、気血両虚によって生じる関節の痛み・変形のほか、疲労倦怠、動悸・息切れ、食欲不振などの症状を伴う場合には適応する。本方の投与により体質改善のみならず、関節の痛みの改善も期待できる。食欲不振の症状が強い場合には六君子湯を先に投与し、食欲が出てから十全大補湯を投与する。
【ポイント】顔色が悪い、疲労倦怠感、動悸・息切れ、食欲不振などを伴う場合に用いる。
三、証候によるエキス剤の選び方
臨 床 の 症 候 | 漢方エキス剤 |
●風湿熱型 四肢関節の腫脹、疼痛、熱感。関節の痛みは冷やすと寛解する。発熱、発汗、口渇などの症候をともなう。舌質は紅、舌苔は淡黄、脈は滑数。 | (28) 越婢加朮湯 (28+17) 越婢加朮湯合五苓散 |
●風寒湿型 関節の腫脹・疼痛があり、さわると冷たい。痛みは寒くなると増悪する、暖めると軽くなる。寒がり、四肢の冷えなどの症状を伴う。舌質は淡、舌苔は薄白、脈は沈緊。 | (52)薏苡仁湯 (97)大防風湯 (18)桂枝加朮附湯 |
● 寒熱挟雑型 四肢関節の腫脹、疼痛、熱感。手足の冷え、寒がり、口や咽喉の乾燥感などの症状を伴う。舌質は淡紅、舌苔は薄白あるいは薄黄、脈は弦数あるいは緩。 | (28+20) 越婢加朮湯合防已黄耆湯 (63) 五積散 |
●血瘀型 関節の疼痛部位が固定し、関節の変形、活動の不自由、関節の皮膚の瘀斑等が見られる。舌質は淡紫、舌苔は薄白、脈は沈渋。 | (53) 疎経活血湯 (25+20) 桂枝茯苓丸合防已黄耆湯 (25+52) 桂枝茯苓丸合薏苡仁湯 |
●気血両虚型 関節の腫れ、痛み、変形。筋肉萎縮、活動の不自由。顔色が良くない、疲労倦怠、息切れ、たちくらみなどを伴う。舌質は淡、舌苔は白、脈は沈細。
| (108) 人参養栄湯 (48)十全大補湯 |
●肝腎陰虚型 関節の腫れ、熱感、変形。筋肉萎縮、活動制限。腰や下肢の脱力感、たちくらみ。手足のほてり、のぼせ。舌質は紅、舌苔は少ない、脈は弦細数。 | (87+71)六味地黄丸合四物湯 (87) 六味地黄丸 |
●脾腎陽虚型 四肢の冷え、関節が痛い、食欲不振、軟便や下痢。疲労倦怠感。下肢の脱力感。舌質は淡、舌苔は薄白、脈は虚または沈弱。 | (7+32)八味地黄丸合人参湯 (7+20)八味地黄丸合防已黄耆湯 |
四、ポイント症候によるエキス剤の選び方
臨 床 症 状 | 漢方エキス剤 |
★関節の発赤・熱感・疼痛・腫脹。 | (28) 越婢加朮湯 |
★関節の発赤・腫脹・疼痛・熱感と共に、体が重い、倦怠感、手足の冷えを伴う場合。 | (28+20) 越婢加朮湯合防已黄耆湯 |
★関節の腫脹・疼痛・冷えと共に、浮腫・むくみ・関節水腫を伴う場合。 | (20+17) 防已黄耆湯合五苓散 |
★下肢関節の疼痛・腫脹・冷え・運動機能障害と共に、体が弱く疲れやすいことを伴う場合 。 | (97) 大防風湯 |
★体力が低下した人に、上肢関節の疼痛・冷え・腫脹・運動機能障害を伴う場合。 | (18) 桂枝加朮附湯 |
★関節や筋肉の疼痛、腫脹、関節の変形、活動の不自由。 | (53) 疎経活血湯 |
★関節・筋肉の疼痛部位が固定、痛みが激しい、関節の腫脹・変形・冷え・活動制限。 | (25+20) 桂枝茯苓丸合防已黄耆湯 |
★四肢関節に腫脹・重だい・疼痛・冷えなどを見られる場合。 | (52) 薏苡仁湯 |
★薏苡仁湯の症状に痛みがひどい場合。 | (52+25) 薏苡仁湯合桂枝茯苓丸 |
★腰痛・膝関節痛と共に、下肢の脱力感、四肢の冷え、浮腫、小便不利などを伴う場合。 | (7) 八味地黄丸 |
★腰痛・膝関節痛・疲労倦怠感と共に、骨粗鬆症を伴う場合。 | (7+41) 八味地黄丸合補中益気湯 |
★腰痛・膝関節痛と共に、体がだるい疲れやすいことを伴う場合。 | (7+20) 八味地黄丸合防已黄耆湯 |